福音宣教について

小教区からの出発 岩崎章次

イエスは私たちに多くの教えを残しました。そのなかで、ほとんど命令とも云える言葉はたった一つ、「全世界に行って、造られたものに福音を宣べ伝えなさい」(マルコ16・15)です。私はこの箇所を読むたびに心を痛めます。私はこの命令に従っているだろうか、と。毎週、欠かさずミサには与かる、そこそこ教会での働きもしている・・・。でも、ちょっと待った!そんなことは当たり前のことではないか、と。

そこで、「福音を宣べ伝え」なければならない、と思うのですが、それでは、何をどうすれば良いのであろうか、と壁に突き当たってしまう。このような経験を持つ人は私だけではないでしょう。

「福音を宣べ伝え」るということとは何か。

この問いに見事に答えているのが、福者パウロ六世教皇(在位1963-78)が第二バチカン公会議(1962-65)十周年を記念して、1975年12月8日に公布された使徒的勧告(注一)『エバンジェリイ・ヌンチアンディ』(注二)です。内容は、序論・Ⅰ「福音宣教者なるキリストから福音宣教する教会へ」・Ⅱ「福音宣教とは何か」・Ⅲ「福音宣教の内容」・Ⅳ「福音宣教の方法」・Ⅴ「福音宣教の対象」・Ⅵ「福音宣教の働き手」・Ⅶ「福音宣教の精神」・結論からなる全82の箇条で書かれています。82では「無原罪の聖母マリアにとくに献げられたきょうの祝日、また第二バチカン公会議終了十周年の記念日にも当たるきょう、私たちの願いを聖マリアの汚れなきみ心に託し得ることを喜びといたします。聖霊降臨の朝、聖母は聖霊によって促された福音宣教の始まりを祈りながら見まもっておられました。願わくは聖母が常に福音宣教の星であられますように。主の命により教会は、困難ではありますが希望にみちたこんにち、福音宣教を推進し、成就しなければならないのです。」と述べられ、フィリピの信徒への手紙1.3-4、7-8の言葉を以て結んでいます。

第二バチカン公会議の心、教皇パウロ六世の心に適うべく、日本カトリック司教団は1987年11月20日-23日にわたって、全教区からの司教全員と司祭・修道者・信徒の約300名の代表者からなる、第1回福音宣教推進全国会議(注三)を京都で開催しました。Ⅰ「日本の社会とともに歩む教会」・Ⅱ「生活をとおして育てられる信仰」・Ⅲ「福音宣教する小教区」を柱として、多岐にわたる発題と提案がなされた、画期的な会議でした。この公式記録は『開かれた教会をめざして』として一冊の本にまとめられています(注四)。

それに先立つ1984年6月22日に、司教団は『日本の教会の基本方針と優先課題』、同年7月5日に『日本の教会の基本方針と優先課題の解説』を公表しています。私は、この『日本の教会の基本方針と優先課題』は今もって私たちの基本方針であり、優先課題であると確信してやみません。全文を掲載します。

「日本司教団は、70年代の初め、第二バチカン公会議の精神に基づいて、『社会に福音を』(1972年6月 司教団教書)と呼びかけた。①み言葉を伝える、②キリスト教的あかしをする、③キリストの共同体をつくる、がこの教書の3本柱であった。

1974年の世界代表司教会議(シノドス)は『現代世界における福音宣教』を取りあげ、これを受けて1976年1月、宣教司牧司教委員会は、声明文『日本における宣教について』を出し、宣教を目指す司牧へと姿勢を転換することが重要な課題である、と訴えた。この課題の実現を目的に1977年に司教団が設立した「宣教司牧センター」(現、日本カトリック宣教研究所)は1979年6月、『日本の社会の福音化を目指して』という啓発のためのリーフレットを作成、経済大国となった日本の中で、まず教会自身の福音化を促し、社会の福音化のために働く教会の方向を示した。「小さな兄弟たち」「アジアの中の日本」を強調したものである。1981年の教皇訪日を機に、宣教司牧司教委員会は、翌1982年3月『洗礼の恵みを一人でも多くの友に伝えよう』と直接宣教の重要さを指摘した。

このように過去10年間、4つの指針が司教団によって出されたが、直接宣教の促進と社会の福音化が2本柱となっている。しかし、これらの指針は、教会全体に浸透せず、従って、約40万人のカトリック教会の全員が一体となった協力態勢まだできあがっていないのが現状である。

80年代に入った今日、多くの人々が、物質的豊かさだけでは満足せず、精神的価値を求め、「物より心」の時代になりつつある。しかし、能率主義、合理主義による管理化、画一化が社会のあらゆる面で強化され、個人のみならず地域、国家のエゴイズムも露骨になり、落ちこぼされたり、差別されたりする人々がますます多くなってきている。

このような現状の中で、福音宣教の強化と社会・文化の福音化の課題を最優先すべきことを再確認し、特に全国レベルで、司教、司祭、修道会・宣教会の会員、信徒の全員が真に一体となって取り組む協力態勢づくりが急務である。昨年実施した中央協議会の改革の目的もこのためであった。

従って、今総会は、下記の方針を採択する。

基本方針 1   私たちカトリック教会の一人ひとりが、宣教者として、まだキリストの食卓を囲んでいない人々に信仰の喜びを伝え、より多くの人を洗礼に導き、彼らとともに救いのみ業の協力者となる。2 今日の日本の社会や文化の中にはすでに福音的な芽生えもあるが、多くの人々を弱い立場に追いやり、抑圧、差別している現実もある。私たちカトリック教会の全員が、このような「小さな人々」とともに、キリストの力でこの芽生えを育て、全ての人を大切にする社会と文化に変革する福音の担い手になる。

優先課題 従って、司教団は、このような使命をよりよく達成するために、今後次のことを目指す。 1 教区、小教区を宣教共同体になるよう育成する。 2   修道会、宣教会、諸事業(学校、施設)と具体的な協力態勢を敷く。 3   1987年に、司教、司祭、修道者、信徒による福音宣教推進全国会議を開催し、それを目標に準備に取り組む。

この『日本の教会の基本方針と優先課題』が公表された時、三様の受け取り方があったと聞いています。一つは「なぜ今ごろになって基本方針がでたのか、こんなことはとっくに考えて実践している」という立場。一つは「待っていた。さあ、やるぞ」という立場。一つは、これがいちばん多かったようですが、「関心がない」。先取りしていた人たち、歓迎した人たちの中でも、さまざまな意見があったようです。「なぜ、1が先で、2が後なのか」、「なぜ、1と2に分けたのか」等々。これら質疑等々に、白柳誠一大司教を始め、安田久雄大司教、相馬信夫司教、田中健一司教、深堀敏司教、三末篤実司教(いずれも当時)らはあらゆる機会にあらゆる場面で真摯に答え、丁寧に説明されている。その中で白柳誠一大司教が『社会関係と人間no116』で語っていること紹介しておきます。「社会を福音化するためには、多くの洗礼を受けたキリスト者が必要ですし、またキリストの洗礼を受ける人を増すには、そのような雰囲気、社会が福音化されていることが必要です。そこで司教団はこの二つは車の両輪のように必要なことであると強調しているのです」。

ここで付言しておきますが、聖ヨハネ・パウロ二世教皇(在位1978-2005)は1985年9月、日本司教団のアド・リミナ(注五)の際に、『日本の教会の基本方針と優先課題』に深い理解を示すとともに、第1回福音宣教推進全国会議に大きな期待を寄せられていたということです。

戻ります。イエスは私たちに多くの教えを残しました。そのなかで、ほとんど命令とも云える言葉はたった一つ、「全世界に行って、造られたものに福音を宣べ伝えなさい」(マルコ16・15)です。このイエスの命令、第二バチカン公会議、福者パウロ六世の使徒的勧告『エバンジェリイ・ヌンチアンディ』、日本カトリック司教団の『日本の教会の基本方針と優先課題』、第1回福音宣教推進全国会議・・・。私たちはともに、この連綿と続く『福音宣教』への思いを真っ向から受けとめ、内輪の親睦だけではなく、しっかり外部にも目を向けて、「全ての人を大切にする社会と文化に変革する福音の担い手に」なろうではありませんか。

(注一) 使徒的勧告 教皇が、ある国やある地方の司教や司祭や信徒にあてた司牧書簡。
(注二) 『Evangelii Nuntiandi(エバンジェリイ・ヌンチアンディ)』邦訳『福音宣教』カトリック中央協議会 19777年
(注三) 第1回福音宣教推進全国会議 (National Incentive Convention for Evangeization)の頭文字をとってNICE-1と呼んでいた。
(注四)  『開かれた教会をめざして』カトリック中央協議会 1989年
(注五) アド・リミナ 5年ごとの教区司教の聖座訪問

PaxDomini 2017-18 Winter