お客さまを迎えて  李宗安(主任司祭)

カトリック東京大司教区の教区長でいらっしゃる菊池功大司教様が、初めて青梅教会に来てくださいました。もちろん、前任者の司教様たちもいらしたことがありますが、新しい教区長の大司教様が来てくださったことは本当に嬉しくて、光栄あることでありました。
もちろん、大司教様もここをかなり気に入ってくださったようです
そして、教皇様が日本にいらっしゃいます。東京でミサを司式してくださいます。たくさんの青梅教会の信者さんも申し込みをしておられますが、教皇様のミサのめぐみを受けることになります。
また、これは公式の教会の日程ではありませんが、ソウル教区の補佐司教様たちの中で、宣教担当の司教様がわたしの司牧地である青梅教会に来られます。平日ミサも一緒にするし、信者さんのために司教祝福もいただけると約束してくださいました。

おお~!これは何でしょう!? この短い期間で、わたしたちの多くがペトロの後継者である教皇様のミサにあずかることになるし、使徒たちの後継者である司教様たちを立て続けにお迎えすることになるとは。。。東京教区の一番西にある小さな共同体が、どれほど多くのめぐみをいただくことでしょう!

教皇様のミサにあずかること、大司教様の公式訪問とミサ、ソウルの司教様の訪問。。。このすべては実は“しるし”でしょう。
教皇様や司教様が来てくださるからめぐみをいただく共同体になるのではありません。あの方々は主キリストの代理者であります。つまり、神様でいらっしゃる主イエスがわたしたちに来てくださったことの、目に見える象徴であるのです。

教皇様のミサに、前もって申し込んで遠くの東京ドームまで行くこと。教皇様という人間ではなく、イエス様に会いに行くこと。わたしたちの信仰の努力によって司教様を迎え交われることは、イエス様を迎えて一緒に神様を賛美し、食事をともに分かち合うことであるのです。

この方々だけではなく、神様はいつも人を通してわたしたちに来られます。神様を迎えるように人を迎えること。神様を訪れるように人を訪れること。この思いがあれば、本当に神様を迎え、また、神様に会いに行くことになるでしょう。
その思いを今回の“しるし”を通してさらに大きくして、わたしたちの共同体がすでにイエス様と一緒に暮らしている共同体であることをもっと強く感じることができますようにと祈ります。

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA